2010年2月26日金曜日

単語テスト / do はドゥですか?ドーですか?(1年生10月)

 突然ですが、皆さん、英語の発音の勉強は好きですか?
 たまに好きだという人がいますが、私は、・・・ くそくらえ! である。
 娘が、自分の名前がアメリカ人に正しく発音されないのは、ロングe がなんちゃらで、サイレント・サウンドがほにゃららで、それがないとしかじかで・・・・って話し出すと、私の両耳のシャッターがガラガラと降りてきてしまう。
 子どもがこんなことを言い出すのだから、きっと学校で何かしらフォニックスのルールを教えているのだろうが(発音記号は教えてないと思うけど)、もともと発音が出来なくてもハートで会話は出来ると豪語する人間なので、これくらいの認識で精一杯である。
 ブログ主は、辞書も捨て発音も捨て、いったい何を頼りに英語を勉強してきたんだ、とつっこみたくなったところで、さて、今回のお題は単語テストである。(えー、発音の話じゃないの?)

  一年生の新学期が始まってひと月もたつと、単語テストというものが毎週始まる。
  娘の担任の先生が選んだ教材は、これである。



 これは、単語リストの上にカエルを重ねて、カードをずらしながらカエルの口に現れた単語を一つ一つ読み上げていく教材である。
 毎週月曜日に一枚の単語リストを渡され、家で読む練習をしてその週の金曜日に学校でテスト。テストで全単語をクリアしたら、次のリストに進めて、一つでも読めなかった単語があったら、もう一週同じリストを練習して次の金曜日に同じリストの単語テストをする、という感じで進められていく。もちろん、余力のある子は同時に二枚の単語リストが渡されたり、読むだけじゃなく、スペルのテストもさせられる。

 さて、これらの単語、何を基準に選ばれているかというと、Dolch High Frequency Word List という、Readingの際の頻出単語をベースにしている。このDolch のリスト、色々ある中、先生が選んだのが、このカエルの口を利用したものだったというわけだ。(うん、悪くない)
 
 アメリカで頻出単語のことを、Sight Word (”よく目する単語”とか、”見て覚える単語”という意味がある)とよんでいるが、この中には、フォニックスのルールに従っていない単語も結構ある。なので、日本で Sight Word というと、フォニックスの例外単語という意味で使われることが多いが、実はちゃんとフォニックスのルールにのっとっている単語もあったりするのだ。
 でも、発音を無視してきた私にとっては、例えば、doはフォニックス読みだと本当はドーだけど、ドゥって読むよね」 なんて言われても、あら、そういえばそうかもね、くらいのものだし、もうどっちでもいいから、頻出単語というなら一緒くたに覚えればいいんでしょ、という感覚である。 

 このDolch High Frequency Word List だが、全部で220単語あり、それを担任の先生は、1st Grade の子には一年生の終わりまでに出来れば全部習得して欲しいと言っていた。(前述のように、娘のクラスは、Kinderと1st Gradeの混合クラスなので、Kinderの子にはまた違う単語リストが配られている。しかし、Kinderでもよく出来る子には、この1st の子が使っている単語リストでテストをやらせているといった具合である)

 ちなみに、1st Grade 終了時まで「出来ればマスターして欲しいわ♪」ではなくて、絶対マスターしろ!」 と担任の先生が言っている単語に、次の表のようなものがある。これらの単語は、読み書き両方、出来なくちゃいけない。これを”NO EXCUSE WORDS” というのだが、ちょっと怖い言い方だよね?直訳するとこんな感じかな?

”出来ないなんて言い訳しちゃだめよ単語”
”つべこべ言わずにやれよ単語”
”なめたこと言ったら容赦しねぇぞ単語” (そこまで言ってないっか)




 そして、軽々とこれらの単語をマスターしちゃう子には、1st Grade といえども 2nd Grade のリストが配られ、はたまた 3td  Grade のまで渡され、これらに”NO EXCUSE” だの"ACCOUNTABILITY” (説明責任だって。ひぇ~怖~い) だの書いてあるもんだから、何がなんでもやらなくちゃいけないという気になってくる。もちろん、毎週末の単語テストも、一年生の枠を飛び越えてやらされる。



 日本で、学習能力に長けている子だけ学年跳び越えて漢字を覚えさせる、なんてことは公立の学校ではちょっと考えられない。公文あたりなら大歓迎だけど。もちろん、親御さんが頑張って家でやらせていれば別だけど、やはり先に先にと進んだことをやろうとすると、日本ではそれなりにエクストラ・マネーがかかるような気がする。

 単語テストもそうだが、こちらでは、例えば算数が出来る子は、自分のクラスを抜け出して上の学年のクラスに参加する、といったことが結構ある。 
 知り合いの小学5年生のお子さんは、算数がずばぬけて出来るので、近くの中学校の数学の時間に合わせて小学校を抜け出し、その中学校で数学の授業を受けているという。小・中学校間は徒歩で行ける距離にはないから、ほとんど毎日、就学時間帯のその時間だけ親が車でスタンバって、往復の送迎をしなくちゃいけないらしく、その親御さんは言葉通り、うれしい悲鳴をあげていた。

 また、こちらでは勉強がよく出来る子には、ある種の知能テキストにパスし、クラス担任から推薦が貰えたら、放課後に色々な特別プログラム (ロボットコンテストとか)に参加することが出来る制度がある。
”勉強が出来る子”というと語弊があるかもしれない。正確には、ちょっと人より抜きんでた能力を持っている子とか、得意分野がはっきりしてる子、どんどん新しい事をやりたがる子(担任の先生は、一つの問題に対して違うアプローチで解決できる子って言い方をしていたが) と言った方が正しいかもしれない。このプログラムに関しては、また別の機会に書こうと思う。

 いずれにせよ、このような制度が一般の公立小学校からあるのだ。
 日本では少し前、どこかの中学(高校だったかな?)に塾が入り込んで、出来る子だけ集めて放課後に特別授業をするというのが物議をかもしていた。

 改めて、日米の教育に対する根本的な認識の違いを痛感せずにはいられないのである。

*良かったらボチっとして頂けるとハッピーです。
にほんブログ村 英語ブログへ
にほんブログ村

追伸:ところで、本文中に過去ブログ記事を参考にしてもらいたい時、リンクを張ってワンクリックで過去記事に飛んでいけるようにするには、どうすればいいのでしょう?すみません、ブログ機能に疎い人間なので、分からないことだらけです。もしご存知の方いらしたら、教えて頂けるととても嬉しいです。

2010年2月13日土曜日

ザ・米流読書の奥義

  思えば、アメリカに来て(娘がまだ1st Gradeの9月ごろ)、一番初めに娘に買ってあげた本はこれだった。

 

 内容は、ライ豆が好きな女の子が、友達がそれを嫌いだと知って、皆に合わせようとして食べなくなり、全身がシマシマ模様や星条旗模様になったりするというお話。オチは、好きなお豆を食べたら元の身体に戻れた、というもの。
 う~ん、・・微妙。絵もグロテスクだし、まず、アメリカの子どもでも、周りに合わせることがあるんだって、それ自体に驚いてしまった。
 この本、以前話したブックフェアで娘にねだられて買ったのだ。聞けば、クラスに同じ本があって、先生が何度か読んでくれたというではないか。先生のお墨付きか・・・。
 
 さて、この本、写真でも分かるように、付箋がたくさんついている。初めて買った本で、気負って娘に読み聞かせをしてあげたものの、娘が分からないと言った単語を、その都度辞書で調べて付箋を貼ってあげていたのだ。よく頑張った、と自分を褒めてやりたい。
 しかし、これ以降、英語の本の読み聞かせは、殆どしなくなった。人間、やはり無理はいけない。
 
 読み聞かせが長続きしなかった原因は、やはり辞書だろう。思えば、日本語の本の読み聞かせの時、辞書など使わない。分からない言葉が出てきて娘に聞かれた時、自分の言葉で適当に説明してあげてたっけ。なのに、なぜ英語の本となると、辞書などひっぱり出して、ひきひき読み聞かせをしてしまったのだろう。もちろん、自分も分からない単語が出てきた時は仕方ない。でも、日本語の本でも、分からない言葉が出てきた時は、大人でも子どもでも、前後から推測してぼんやりとしたイメージを持ったまま、読み進めているケースが多いのではないだろうか。


 多読をしている方々からよく貰うアドバイスとして、「分からない単語に出くわしても、そのまま読み進めること」 というのがあるのだが、アメリカの小学校では、まさにこれを実践していると思う。 

 
 娘がアメリカの小学校に入学して暫くたったころ、BORDERSというアメリカの大手本屋に入会し、そこの40%クーポン券を握り締め、娘のために子ども用の英ー英辞典を買いに走ったものだ。で、購入したのが、このSCHOLASTIC 社のChildren's Dictionaryである。



 読みやすくて、図解があって、私はかなり好きである。例えば、このfan の解説一つとっても、スターのファンである fan の定義から始まり、Japanese 扇子のイラストも美しく、Word History のコーナーでは、fan はfanatic (狂信者)の省略形だと解説している。
 

 しかし、残念ながら学校の教室でこのような辞書にはお目にかかれない。教室で子供たちにものを教えるのは辞書じゃなくて 教師 だ、とでも言いたげである。もしかして先生の机の引き出しの中にあるのか? アメリカの子供たちがものぐさだからだと思うが、はい、私もそうである。学生時代、英語で分からない単語に出くわすと、まずGuessする。それでも分からない時は周りの人に聞く。で次に電子辞書。で、それにも載っていない時にようやく重い辞・・、おっと、ようやく放置である。
  上のライ豆本のエピソードから分かるように、母になって、どんだけ無理しているか、という話だ。   だが、やはり辞書を引いてる姿って美しいよね。というわけで、娘のそんな姿が見たくて、毎週単語テストで出てくる単語をいちいち調べさせて付箋をつけさせている鬼母である。娘は、何のためにこんなことするの?とでも言いたげなお顔。

 彼女は今、2nd Gradeだが、最近、Dear America というシリーズの本にはまっている。聞けば、一番仲のいい子が読み始めたから、一緒に読んでるというではないか。喜ばしい!正しい読書へのいざないである。 
 このシリーズは、Scholastic社から出版されていて、著者はまちまちだが、全て少女の日記形式を取っており、アメリカの歴史をリアルに体感できるフィクション・シリーズである。全40冊ほどあると思われるが、日本でも一冊 『メイフラワー号の少女』というタイトルで邦版が出ている。この一冊で、いかにアメリカ人が毎年11月末のThanksgiving(感謝祭)を大事に思っているか分かるはずである。
 さて、写真のユダヤ人移民の少女の日記だが、ぱっと見た目の字数を知ってもらうため、中身の写真も貼っておいた。




 このぎっしり度で180ページある内容を、もしも辞書をひきひき読んでたらどうなるだろうか?ヒーヒーフーフー言ったところで、読み終えられる量ではないだろう。
 しかし、娘もそのお友達も、これをダーッと読むのだ。このダーッとが、実はザッとだったりして、という不安にかられ、恐る恐る 「どうだった?楽しかった?ママも本当はとても読みたいんけど、読む時間ないから、どんな話だったか教えてくれる?」 と白々しく娘に聞いてみたりする。すると、いちおう涼しい顔で、こんな話だったよ、と教えてくれる。
 きっと細かいところでいろいろと取りこぼしがあるだろう。分からない単語も絶対あったはず。どこまで深く内容を理解できているか、すごーく気になる。でも、いつからか、もう腹をくくるようになった。ここはアメリカ。ザ・米流読書スタイルで行こうっと思うようになったのだ。
 
 
 日本では、教科書に出てくるお話の内容を、何時間かかけて教室で勉強する。 「ここでいう”あれ”とは何をさしているのか」 とか、「その時の〇〇はどんな気持ちたったか」 とか、手取り足取りである。しかし、こっちではそんな親切なことはしてくれない。 「読解力は、本にたくさん触れれば触れるほど身につくものであり、自分で身に付けていくものだ。つかんもんは知らんといった感である。言い換えれば、日本流はミクロからマクロ、アメリカ流はマクロからミクロ的なアプローチだと言えるだろう。
 
 下のは、現在 2nd Grade の娘の読書ノートである。

 宿題の一貫として、先生に指定された本を週1、2冊持ち帰り、その本を読んでこの読書ノートに記録をつけていくのである。そして、必ず、簡単な My Opinion(感想文)Summary(要約) を書かなければならない。このSummary だが、一冊の本を読んで、どんな本だったのか、人に紹介する形でまとめて書くということは、大人でも難しいと思う。それを、出来はどうであれ、小学二年生から公立の小学校で普通にやらせていることを思うと・・・、ちょっと聞き捨てならないかもしれないが、「アメリカで育った子には叶わないなぁ」 と思えてしまうのである。

 細かいことは気にするな、量をこなせ、大意だけを掴め

 これぞ、ザ・アメリカ流読書の奥義ではないだろうか。

*良かったら、ボチっとして貰えたらハッピーです
にほんブログ村 英語ブログへ
にほんブログ村